河合村の方言について |
飛騨の方言のうち、河合村の方言は高山・古川地方とほぼ同断であるがまた異なった言語もあり、その用法も違うようである。そこでこれを山中方言と呼ぶことにする。 例へば代名詞では俺(オレ)をオリ、汝(オマエ)をワリ、彼(カレ・アレ)をアリ、誰(ダレ)をダリ、此(コレ)をコリ、其(ソレ)をソリ、何(ドレ)をドリと云うが如くすべて語尾をリとして、その多くは調子を高めて発音する。即ちリにアクセントが付くわけである。また助動詞に例をとると敬語の場合高山では「行きんさる」「行きんさった」「行かさった」というのを、河合村では「行きなた」「行かた」「行かった」或いは「行かしゃった」「行かはった」という。命令形「行きなさい」では「行きないよ」「行きないえな」となり、使役の場合「せよ」はしよよとなり「食はしょよ」「行かしょよ」と云い、未来時の助動詞「ずも」は「明日行かずも」「雨が降らずも」「橋が流れずも」と言うのは、「行かんとする行かんず行かうず行かず」と変化したずにもを添えたものであって、飛騨の普遍的方言と言へよう。 又、現在完了「てしまう」「てしまった」はしを省き「食ってまった」「行ってまった」と言う。進行体では「てをる」もてを省き「食っとる」「知っとった」と言う。また未来存在体では「橋が流れとらずも」とするが「食っとった」「泣いとった」も同断である。 次に指定の助動詞「だ」は「ぢゃ」となり更にぢをはぶいて明日は雨やと思ったら「雪や」「雪やった」などと言う。また推量の「ぢゃろうも」も同様に「雪やろうも」となる。又、否定の助動詞ないは関西風の「ん」を使い「知らん」「行かん」過去形では「知らなんだ」「行かなんだ」或いは推量の否定「まいも」を使い「知らまいも」「行かまいも」と云うが、もっと簡略な「んろ」を使って「知らんろ」「行かんろ」としさらに「知っとるろ」「行くろ」「食うろ」と云う。このほか誘引的な助動詞に「まいか」があり、「食べまいか」「行かまいか」も恐らく飛騨独特のものであろう。 助詞で「山に行く」「彼に貰った」の場合、にをねに変えて「山ね行く」「彼ね貰った」と云うのも飛騨ではよく聞く所である。また「後に行きますよ」の場合、「今に来るさ」とは相手の立場になって逆に言う言葉であり、他国の人にとっては一寸理解に苦しむ言葉であろう。また春がga来た、腹がga減ったの場合aだけとなり、春あ来た。腹あ減ったという。山わ寒い、人わ少ないのwaもwを省き水あ冷たい、山あ寒い、人あ少ないと云うのも、噛めば固い、食えばえいのbaはbを省き噛めあ固い、食へあえいなど同様であろう。また字を書く。雪を下す。餅を食いたいのを屋根へ登る、町へ行くのへ、などの助詞も省き、上の母音を長くして字ー書く、雪ー下す、餅ー食いたい。屋根ー登る。町ー行くと云う場合も山中ではまだ多く聞く所である。 全般的に飛騨は高原状であるが特に東西は高い大山脈に遮断されて交通を阻害しているので、その言語も信州や加越のそれとは異なっており、早くは美濃を経由する関西系の言語を主としたようである。但し長らく江戸幕府の支配下にあった関係もあって、美濃方面と違って関東の影響も多く受けているようでもある。 『飛騨河合村誌』 通史編 全 (平成2年3月31日 河合村役場)より抜粋(P1089~1090)。 |