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     To Helen

Helen, thy beauty is to me
  Like those Nicéan barks of yore,
That gently, o're a perfumed sea,
  The weary, way-worn wanderer bore
  To his own native shore.

On desperate seas long wont to roam,
  Thy hyacinth hair, thy classic face,
Thy Naiad airs have brought me home
  To the glory that was Greece,
  And the grandeur that was Rome.

Lo! in yon brilliant window-niche
  How statue-like I see thee stand,
The agate lamp within thy hand!
  Ah, Psyche, from the regions which
Are Holy-Land !



     ヘレンに

ヘレンよ、あなたの美しさは
  いにしえのニセアの船を思わせる。
ゆるやかに、匂いかぐわしい海の上、
  旅路に疲れ果てたさすらい人を
  ふるさとの岸へと運んだ船。

荒涼とした海にながらくさまよっていたこの身を、
  あなたのヒヤシンスの髪、みやびやかな顔、
水の精さながらの姿は連れ戻してくれた、
  ギリシアなる栄光へ、
  ローマなる壮麗へ。

見よ! むこうの輝く窓辺に
  彫刻さながらあなたは立つ、
手に瑪瑙のランプをもって!
  ああ、聖なる国より出でませる
霊の女神!



【注釈】

○ 1831年のPoems に発表。ポーの少年時代の友人の母親で、彼をいつくしんでくれた
Mrs.Jane Stith Stanard (1824年歿)をうたったものという。そんなところから、ポーが14~15歳の作と
いわれているが、疑わしい点も多い。いずれにしても、永遠の理想美をたたえた作品になっている。

2 Nicéan barks ニセアの船。ニセアがどこをさすかについては諸説があるが、古代のエーゲ海
辺りの島や都市を想像してよいだろう。

4 weary, way-worn wanderer 作者自身のこと。憂鬱なw音の頭韻に注意。way-worn = worn by travel.

6 On desperate seas. この行はl.8のmeを修飾すると考えられる。

7 hyacinth hair ヒアシンスのような髪。ヒアシンスはホメロス時代から髪の形容に用いられてきた。
黒ずんだ紫色である。

>>以上参照:『アメリカ名詩選』亀井俊介・川本皓嗣編(岩波文庫)


○日本では推理小説の元祖、もしくは幻想・小説の作者として知られているポーだが、優れた詩人、
批評家としての顔も持つ。ここで取り上げた詩"To Helen"もその傑作のひとつである。題名である
"To Helen"は、いわばこの詩の宛て先にあたる「ヘレンに寄せる」「ヘレンに捧げる」といった
意味になる。格調の高い詩や散文に用いられる古語や詩語が多用さているが、18世紀から19世紀
初期にかけての詩では、きちんと詩句のリズムを整えるだけでなく、このような優雅な古語や詩語を
ふんだんに用いること自体が詩である証となった。

>>詩語、古語の例:
1行目:thyは「あなたの」、yourと同義だが、単数の相手にだけ使われる古語。現在使われることは
まれだが、一般には神やキリストに呼びかけるときか、説教や詩、古風な散文などに用いられる
ことから一種の詩語であるともいえる。
2行目:thoseは「ほらあの、例の」「誰もが知っている」、barksは詩語でboatsやshipsの詩語で、
of yore「いにしえの」はof oldの意味の詩語。
3行目:Thatはbarksにかかる関係代名詞(主格)。o'erはoverの省略だが、二音節overに対して、
一音節で読むことが出来る。詩の中で、音節の数を節約したいとき、つまり一音節で済ませたい
ときにだけ使われる語形。同様にeverがe'er、takenがta'enになることもある。
4行目:wearyはway-worn「旅に疲れた」という意味の詩的な合成語。wandererは「放浪者」は
bore「運んでいった」の目的語となっている。
6行目:wont toは古語・詩語で「…し慣れて、するのを常として」の意。
11行目:Lo!はLook!の意味の詩語。yon=yonderで「かなたの、あちらの」。

○2行目の"Like those Nicéan barks of yore"「いにしえのニケーア舟のよう」を構成する8音節は、
ほとんどすべて長母音か、それとも二重母音に支えられている。その音が意味内容とうまく調和し、
のびやかに音読することができる。"Nicéan"に関しては諸説があり定かでないが、一説では
ギリシャ語で「勝利」を意味し、同時に女神の名でもあるNikeからきたという。もしくは地名のNicaea
(ニカイア、ニケーア)の形容詞形か。ニケーアは小アジア北西部にあった古代王国Bithynia
(ビチュニア)の古都で、325年と787年の二度にわたって開かれた宗教会議が有名。

○4行目では"weary"、"way-worn"という、ほぼ同じ意味の語が重ねられ、旅人の疲れを強調する。
その上、"weary, way-worn wanderer"と、たった3語の連なりの中に[w]の音が4度も現れている。
英語の[w]は日本語の「ワ」と異なり、唇をまるめてうんと前に突き出してから、その唇をさっと次の
母音にもっていくという、急激な動きを特徴とするため、こうした畳みかけるような[w]の重複は、
強く聴き手の注意を引いて、語句の意味を補強する。

○7行目hyacinthineに関しては2つの意味があり、ひとつは古代の古い宝石で、おそらくサファイアか
紫水晶である。もうひとつは花であるが、実は何の花であるのかはっきりしない。オックスフォード
英語辞典によれば、「古代ローマの詩人オウディウスによれば、深紅または"purple"の百合を差す
とあるが、グラジオラス、アヤメ、ヒエンソウなど、著者次第でいろいろに解されている」とある。
purpleという語自体も紫なのか深紅なのかという疑問がある。

○nicheとは「建物の壁に設けた装飾的な凹みまたは穴で、ふつう彫像その他の飾り物を納める
ためのもの」(オックスフォード英語大辞典)で、ふつう壁龕(へきがん)と訳される。window-nicheは
壁にくりぬいた穴で、それが彫像を安置するためのnicheと窓の二役を果たしていると思われる。

○最後の2行では、詩の冒頭での「ヘレン」への呼びかけに呼応してもう一度「プシュケーよ」と
呼びかけている。このように不在の人間や、ものや抽象的な観念に向かって、まるでそこにいる
人間のように呼びかけることを「頓呼法(とんこほう)」apostropheという。Psyche(プシュケー、英語の
発音では[sáiki])は、psychology(心理学)の語源ともなっており、もとはギリシャ神話で愛の化身
エロスに愛された、蝶の羽を持つ美女。

>>Edited by Goto,2003.Sep.
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