メビウスの環―クーブラ・カーン幻想 /上島建吉

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    プロローグ 

    Ⅰ ここはどこ?彼はだれ?

    Ⅱ 母体の記号論

    Ⅲ 永遠の堂々めぐり

    エピローグ

    注釈
   


メビウスの環 ― クーブラ・カーン幻想

上島建吉



【プロローグ】

 コンピューターがひとり歩きして、われわれの知らない所で何を引き起こすかわからない
時代になった。どこかのだれかがネットワークを使って国際市場の投機に参加し、国家予算を
超える額の電子マネーを動かせば世界経済を破綻させることもできるという。そうでなくても
溢れる情報に人間の方が追いつかず、活字で、ネットで、ケイタイで、「今を生きる」企業戦士は
日夜休むまもなく目や耳を働かせていなければならない。それと同時に現代人は一種の
飢餓症状を起こし、ありあまる情報の中にあってなお情報や知識を求めずにはいられなく
なった。押し合いへし合いの電車の中で五分間でも新聞や雑誌を読もうと苦闘する通勤客たち、
歩きながらでもケイタイを耳に当てておしゃべりに余念のない女の子たちーこれはいわば
飽食の中の飢餓であり過食症ではないか。戦争も災害もない社会にあって、彼らは真に情報を
必要としているのではない、自分一人の空白の時間が恐ろしいのだ。五分間でもだまって
想念に耽っていることができないのだ。なぜなら、人生を大脳皮質の表面でしか受け止めない
ために、自己について、人間について、耽るほどの想念を持ち合わせていないからである。
 似たような現象が文学研究の分野でも生じている。他の学問分野に劣らずここでも情報や
知識が氾濫し、それを追い求め収集することが文学研究であるかのような観を呈している。
文学作品を論ずる場合でも、まずテクストを読み、そこから受ける印象や問題意識をテクストの
内部で跡づけ解明するのが本来であるのに、それをテクストの外部にある理論や知識の中に
解体する方向で論を進めるのである。そういう「外向的」文学研究者は、テクストを読む前に
テクストについて読むことの方が多い。自分一個の判断で作品を選び、問題を見つけることが
不安なのである。そうして選ばれた作品や作家は、解体されて既成の知識体系の中に組み
入れられ、それ自体の生命と魅力を奪われてただの「モノ」、研究材料と化す。われわれは
解体するために殺すのだ。そういう場合、論文末尾の参考文献のオンパレードが、文学解体
業者が屠殺に使った諸道具を誇らしげに展示しているかのように見えることがある。
 もちろんすべての価値ある文学論が資料や文献なしで書かれるとは思っていない。そういう
ものを不可欠とする純粋に学術的な論文があることも知っている。しかし私が言いたいのは、
文学は他の諸科学と違って、その本質において個人のヴィジョンの問題であり、情報や
知識の集積によっては解明し得ない要素を含んでいることだ。そういう要素、つまりヴィジョンを
取り上げ、明解な形で言語化する試みの一つとして私は以下の論考を書いてみた。
 さてここに「クーブラ・カーン――夢の中の幻想。断章」と題する全五四行の幻想詩がある。
(注1)作者はサミュエル・テイラー・コウルリッジというイギリスロマン派の詩人。書かれたのは
一七九七年だが作者はしばらくこれを公表せず、一八一六年になって初めて、これに謎めいた
序文を付け他の詩と一緒に出版した。本論に先立って、これだけが君の知り君の知るべき
すべてである。本論中にコウルリッジ以外の作家や批評家が顔や口を出すことはきわめて
稀である。できれば原書テキストをご用意いただけると理解が早いが、絶対必要というわけ
ではない。
 それでは行こうか、君とぼくで。文献のいらない幻想の国へ。かつてだれも行ったことがない
ヴィジョンの里へ。ひょっとして君はそこに、忘れていた君自身を見つけるかもしれない。


 I ここはどこ? 彼はだれ?

 ザナドゥにクーブラ・カーンは
 壮麗な歓楽宮の造営を命じた。
 そこから聖なる河アルフが、いくつもの
 人間には測り知れぬ洞窟をくぐって
 日の当たらぬ海まで流れていた。    (1-5)

 われわれはいきなり、得たいの知れぬ風土と時代に連れてこられる。たしかにザナドゥも
クーブラ・カーンも実在の地名であり人名であるが、その固有名詞の耳慣れぬ響きは、君を
非日常的世界へと導くのに十分であろう。さらに「聖なる河アルフ」とくれば、一層秘境的な
ムードを濃くし、われわれを神秘と謎に包まれた幻想に誘うかと思われる。
 だがここで介入してくるのが事実愛好、知識偏重の注釈者、解説者の諸氏である。幻想を
幻想として読むことを知らない彼らは、文学的テクストをすべて百科事典に還元することを
もって仕事と心得ている。なかでも固有名詞に対しては敏感であり、ザナドゥやクーブラ・カーン
などは猫に鰹節というところだろう。しかし「聖なる河アルフ」や「日の当たらぬ海」など、どこの
百科事典にも載っていない架空の地名や土地の詮議となると、かなり高度な学問的作業を
必要とし、その道の専門家にご登場願わなければならない。コウルリッジに関してそうした
専門家を一人だけ挙げるとすれば、その名も『ザナドゥへの道』と題する驚異的な研究書
(一九二七)を世に残したロウズ教授
(注2)をおいて他にあるまい。彼は文学はもちろん、
哲学、科学から旅行記、航海記に至る広範な文献を渉猟して、「クーブラ・カーン」を始め
コウルリッジの主要作品に出てくる情景やイメージの淵源を克明に調べ上げた。それは創作
過程における詩人の潜在意識の働きを文献的事実に即して跡づけようと試みたもので、
単なる注釈の域を越えている。筆者もその実証主義的真摯さには畏敬の念を禁じえないが、
テクスト間における事実相互の因果関係を立論の基礎としている点で、やはり解体業者の
一人に数えるべきであろう。
 実証的合理主義によるこのような幻想の解体作業はコウルリッジも計算に入れていたに
違いない。一八一六年にこの詩を出版するとき、彼は「夢の中の幻想。断章」という副題を添え、
次のような序文を付した。

 以下の断片詩は名実ともに大詩人の誉れ高いさるお方のご要望によりここに刊行される
わけだが、著者自身の判断では、何か私的な取柄があってというよりも、心理学的好奇心の
一対象としてお目にかけるものである。
 一七九七年の夏、たまたま体調を崩していた著者は、サマセット、デヴォンシャー両州の
北辺に広がるエクスムア高原の、ポーロックとリントンの間にぽつんと一軒立っている田舎屋に
引きこもっていた。ある日やや気分がすぐれなかったために鎮痛剤を処方してもらい、それを
服用したのが効いて椅子に坐ったまま眠り込んでしまった。そのとき著者は『パーチェス
廻国記』の中の以下の一節もしくはそれと同内容の文章を読んでいたのである――「ここに
君主クーブラは宮殿の建設を命じ、加えて壮大な庭園を設けさせた。そういうわけで十マイルの
肥沃な土地が城壁で囲まれた
(注3)」云々。著者はおよそ三時間ばかり、少なくとも外部感覚に
関する限り深い眠りに陥っていたが、その間はっきり自身を持って言えることは、どう見ても
二,三百行を下回るものを詩作したはずはなかった。ただし、あらゆるイメージが「実物」として
眼前に立ち現れ、同時に並行してそれらに見合う表現が何ら努力の感覚や意識なく生み
出されることを詩作と称するならばの話である。目覚めるなり、見たことをすべて明確に
記憶しているような気がした彼は、ペンとインクと紙を手に取ると、矢のようにはやる心で
脳裡に留まる詩行を書き記しにかかった。そのとき間の悪いことに、ポーロックから来た男の
来訪を受け、一時間あまりこの客に手間取らされた。そして自室に戻ったとき、彼はある事態に
直面して愕然とし、そして無性に口惜しく思った。先程の幻想の記憶が、大筋の所はまだ漠然と
かすかに覚えているものの、わずか八行から十行のばらばらな詩句やイメージを例外として、
他の部分はすべて消えていたのである。それはまるで石を投げ込んだ後の川面の影のようで
あったが、悲しいことに川面と違って、消えた幻想が元に戻ることはないのである・・・。(以下略)

 この序文は、ロマン的想像力の神秘性を例証するものとして本詩に劣らず、いや本詩以上に
有名である。しかし今日、ここに語られている「事実」を、すべて額面通りに受け取る読者がいる
だろうか。自己宣伝や誇大広告をいやというほど見てきた君ならば、こう思うだろう――
本当は夢の断片でも何でもないのに、いかにもそれらしい設定をして、平凡な詩を神秘の
オーラで包もうというまさにロマン的な戦略だと。実際そうした目で見ると、この文章の作為性、
韜晦性はあまりに明らかである。第一に、彼が引きこもっていたという田舎家がどこにあるのか、
詩人とどんな縁があるのか、大ざっぱな地名以外に特定する資料は何一つない。第二に、
『パーチェス廻国記』をその場で読んだというが、よりによってフォリオ判の大著をネザー・
ストーウェイから運んできたとは思えない。第三にポーロックから来た男だが、彼が一体何者で
、なぜコウルリッジの隠遁先を知っていたのか、何の用事があって来たのか一切わからない。
第四に彼が帰った後、コウルリッジが「漠然とかすかに」覚えていた幻想の「大筋」や「八行から
十行のばらばらな詩句やイメージ」が何であったか、当人はそれから以後一言半句の言及も
残していないのである。ということはこの序文自体が虚構であること、そしてそれが見えみえで
あることをコウルリッジは始めから計算して書いたとしか思えない。つまり、ここに書かれた詩は、
この序文も含めて、一切が虚構であり、いかなる意味でも現実とは繋がっていない、作者とさえ
繋がっていない、それを承知の上で読んでほしいと、コウルリッジは読者に頼んでいるのである。
 こうしてこの序文全体を虚構として考えると、始めから「著者」として登場する人物も作者
コウルリッジではなく架空の詩人ということになる。だとすれば文中の固有名詞はすべて
作者の実人生と無関係でかまわないわけで、「ポーロックから来た男」も劇中人物の一人に
過ぎない。ただこの男は詩人の制作中に訪問し、ビジネスの話をして詩人の夢想を中断して
しまったという寓意的役割を果たす。つまり彼は幻想とか想像力といったものには無縁な実利
主義社会の代表であり、詩人の霊感はしばしばそういった現世的知性の闖入によって断ち
切られるということである。言いかえれば引用末尾の比喩が語るように、彼は芸術という川に
投げこまれて川面の影を崩してしまう無感覚な「石」にほかならない。作者コウルリッジはこの
詩の読者に対し、あるいは後世の批評家や学者たちに対し、このことを警告したかったのでは
ないか。それはワーズワスが「われわれは解剖するために殺す」と言い、キーツが「あらゆる
魔力は冷たい学問に触れられただけで飛び去るのではないか」と問うたのと軌を一にしている。
 ここでわれわれもようやくク-ブラ・カーンの夢の国に分け入る心の準備ができた。「石」に
ならぬよう気をつけながら先に進もう。


Ⅱ 母体の記号論 

そういうわけで五マイル四方の肥沃な土地に
城壁や小塔が帯のようにめぐらされた。
あちらにはきらきらと小川のうねる庭園があり、
たくさんの香わしい樹々が花を咲かせていた。
こちらには千古の丘とともに年を経た森が続き、
そこかしこに日に当たる緑の芝生を囲んでいた。(6-11)

 ク-ブラが命じて作らせたこの地上楽園の情景から、君が直感的に受けとる印象はどんな
ものだろう。周囲に万里の長城のような城壁を築いて外敵の侵入を防ぎ、内部に花咲き蜜の
流れる桃源の里を設えて安穏逸楽の生を送る。これは全人類が太古から心に抱いてきた
「安らぎ」の構図ではないか。現在でも団地に住む君は、外壁を鉄筋コンクリートでがっちり
固め、内側を厚手のカーテンなどでソフトに整えた部屋で、寒風吹きすさぶ冬の夜でも
ぬくぬくと寝具にくるまって眠っていたい、そんな生活条件を理想にしているのではないか。
そういう願望がどこから生ずるかと言えば、恐らく、すべての人間が一度は味わった、母親の
胎内にいた時の記憶からであろう。強靱でしかも柔らかい子宮壁に守られ、完全な適温の
中で食事も排泄も、呼吸さえもする必要がなく、羊水の流れる音を聞きながら眠っていた日々、
その時の快感をわれわれの身体と下意識が忘れかねているのである。ここに描かれた
楽園の情景は、ひとまず、そうした記憶が記号化した幻想と受けとめておこう。そしてこの
記号化路線
(注4)をさらに進めるならば、そこを流れるアルフ河は生命の流れということになり、
城壁で囲まれた楽園全体は母胎であると同時に人生そのものとも考えられる。すると
われわれは死ぬまで安楽に暮らせる人生という幻想をク-ブラによって与えられたことに
なるが......

しかし、おお、あの深い謎めいた裂け目は何だ、
杉の山肌を裂いて緑の丘を斜めに走っている!
何という荒れすさんだ所か。鬼気せまること、
さながら魔性の怪人に魅入られた女が
三日月の下を忍んできては泣くような場所だ。
この裂け目は絶えずふつふつと煮えたぎり
まるで大地がせわしなく喘ぐかのようであったが、
間をおいて力強い泉が一度にどっと押し出された。
そしてその激しい半ば間欠的な噴出のさなか、
巨大な岩片の飛び跳ねるさまはたばしる霰か         
連竿(からざお)に打たれはじける籾粒のようだった。

そしてこの踊り跳ねる岩塊と時を同じくして
裂け目から聖なる河がほとばしり出た。
五マイルにわたって迷路のようにうねりながら
森や谷を抜けて聖なる河は流れた。
やがて人間には測り知れぬ洞窟に至り、
生きものの棲まぬ海に音を立てて沈んだ。
そしてこの騒音のさなかにク-ブラは聞いた、
戦争を予言する先祖たちの遠い声を。 (12-31)

 冒頭の「裂け目」は母胎の裂け目であり、同時に楽園幻想の綻び口でもある。ここから先
場面は一転し、火山の噴火口を思わせるおどろおどろしい情景が展開する。そこは神か
悪魔か、人間の理解を超えた力が作用し、その描写には性交や出産を暗示するイメージが
連なる。しかしこの「裂け目」から押し出されるものは単なる生命の水ではない。水は物質的
自然を造り出しても理想の楽園を創ることはない。楽園は原則として人間の想像力、
コウルリッジのいう「造形する魂」が、自然の事物を材料として構築する「幻想」にほかならない。
それゆえこの「裂け目」から噴出する「力強い泉」も、実は想像力を意味すると考えるべきで
あろう。前の連で描かれた楽園幻想が想像力の上部構造とすれば、この連はその下部構造の
視覚化と言えよう。
 こうして流れた「聖なる河」は、生命の流れであるとともに想像力の発展径路でもある。
それが楽園内部を「迷路のようにうねりながら」進むのは、生命も想像力も本質的に幾何学とは
無縁な発現形態をとるからである。
(注5) しかし所詮はどちらもさらに大きな不条理の世界、
死の海に呑みこまれる運命にあるところから、いずれは生と死との、あるいは想像力と現実との
せめぎ合いを避けることはできない。蒙古の英雄そして人類の代表者であるク-ブラが遠くから
聞いた「先祖たちの声」は、第一義的にはこの世に戦争が絶えないという予言であるが、
これまでの記号論的コンテクストに立てば、人生という楽園幻想を成り立たせる想像力も
やがては滅びるという警告とも取れる。そうした運命的なせめぎ合いを予感する中で、現に
生きている人間はこれまで何をなしえたか―

  歓楽のドームの影が
  川路半ばの波間に浮かび
  噴泉と洞窟の双方から
  入り混った調べが聞こえた。
 それはたぐい稀な造化の奇蹟、
 陽光の歓楽宮と氷の洞窟!    (31-36)

すなわち、ク-ブラに代表される人間は歓楽宮を建てたのである。歓楽宮は楽園の中心で
あり、象徴であると考えていい。それを泉(=生)と洞窟(=死)との中間に建てたということは、
人間が川路(=人生)半ばにおいて何か喜ばしいもの、美しいもの、価値あるものを造り出した
ということではないか。それは「波間に浮かぶ影」のように実質を伴わない、まぼろしの
類かもしれない。しかし川の水は流れ去っても川面の影はそこに留まっている。同様に人間の
造り出したものは、少なくとも製作者の生命よりは長く、その人の生の証としてこの世に喜びの
記念碑を残すのである。それにしても、死の洞窟の水音を聞きながら、なおこのような事実を
行いうるのは人間だけである。動物は何も造らず、黙って死んでゆく。人間だけが幻想をもち、
その幻想を形として、「影」すなわち芸術作品として、自己の生命より長く世に留めることが
できる。それを自然界の奇跡と呼ばずして何と言おう。


 Ⅲ 永遠の堂々めぐり

 以上読んできた限りでは、この詩には幻想以外のことは何一つ書かれていない。語り手も
姿を現わさず、幻想的光景そのものが幻想の構造や淵源や性格や永続性を語っているので
ある。ところが次の連に至って突如この原則に異変が起きる。いきなり主役が交代すると
ともに、語り手の「私」が登場するのだ。

  ダルシマーを抱えた乙女を
  かつて夢の幻の中で私は見た。
  それはアビシニアの娘で
  ダルシマーを奏でながら
  アボラ山の歌をうたっていた。
  もしそれを心中に生き返らせたら
 あの乙女が奏でまた語った調べと歌とは
 どんなにか深い喜びに私を引き入れ、
 嫋々と高らかなその楽の音によって
 私はあのドームを空中に造りあげることか、
 あの陽光の宮殿を、あの氷の洞窟を!

 主役はクーブラ・カーンから「ダルシマーを抱えた乙女」に変わり、彼女を「かつて夢の幻の
中で私は見た」と言うところをみると、これは語り手の出てこない先程の楽園幻想とは違う
夢だと君は思うかも知れない。ところが読み進むにつれ、乙女の歌の中にアボラ山が出て
きてアルフ河を連想させ、その畔に歓楽宮も立っているかのように思える。その証拠に
語り手は、その乙女の歌と調べを心中によみがえらせることによって「あのドームを空中に
造りあげること』ができれば、と願う。何のことはない、乙女は先程の楽園幻想を歌っていた
のだ。もし「私」が先程の夢の目に見えない語り手と同一人物ならば、すでに楽園にいて、
アルフ河の波間に「歓楽のドームの影」を見ているはずである。したがってこの第二の夢で
夢みたことが実現すれば、すなわち乙女の歌と調べを思い起こせば、幻想は振出しに戻り、
「私」はふたたびクーブラの楽園を眺め、おどろおどろしい噴火口付近を歩いた後、ふたたび
アルフ河の畔に立ち、歓楽宮のドームの影を見、そこで夢を見てアビシニアの乙女に出会い、
その歌を聞くうちに壮大なドームを夢み、それを思い起こしてクーブラの楽園を眺め……と
無限の繰返しが続くのである。
 ではなぜこの際限のない堂々めぐりが生じたのか考えてみよう。まず本詩の副題に「一つの
夢の中の一つの幻想」とあることを思い出してほしい。ここで「夢」とは夢を見る現象を指し、
「幻想」とは見た夢の内容を意味する。しかし「一つの幻想」の方は見かけ上二つの部分に
わかれていて、前半には語り手が現れず、後半には「私」という名で登場する。もちろん
語り手不在と言っても物語である以上、「桃太郎」のようなお伽噺を見れば明らかなように、
目に見えない傍観者、報告者としての形式上の語り手はいるわけだが、その者がテクストの
前面に出て何らかの発言に及ばない限り、その物語が嘘か真(まこと)か、夢か現実かは
判然としない。クーブラの楽園幻想にしても、もし君が副題や序文を無視して前半のテクスト
だけ読んだとしたら、これを歴史的事実とみなして詮索を始めてもおかしくはあるまい。
要するに語り手不在の物語というのは、それ自身の存在論的立場を自覚するものがいない、
いわば自意識不在のテクストと言えるだろう。ところが後半になって突如「夢の幻の中で私は
見た」という語り手の発言がくる。その幻想が前半の続きないし反復であることは先刻述べた。
しかし夢の内容が同じであっても、下意識の幻想が意識裡に反復されているという後半の
過程はコウルリッジの想像力論
(注7)に通ずるきわめて重要な契機であって、それによって
幻想が作品として生まれ変わる下地が作られるのである。
 堂々めぐりの話に戻ろう。後半で幻想を幻想として自覚した以上、普通なら語り手は夢から
醒め、現実に戻ってくるはずである。事実、先程の言葉を吐いた時点では、語り手は幻想の
外にいたのである。ところがそこは現実世界ではなかった。彼は依然として「一つの夢」の
枠内にいた。そしてその大きな夢の中で、自覚的な第二の幻想は回想という形で無自覚的な
第一の幻想に戻るよう仕組まれていた。だれがそれを仕組んだか。「ダルシマーを抱えた
乙女」以外に考えられない。彼女はキルケーやアクレイジア、ローレライ、ラ・ベル・ダムと
いった歴代の魔女と同じく、歌や楽の音によって男たちを魅惑し、永劫の夢の世界に
閉じこめるのだ。その結果、一度目覚めようとしたこの語り手も、メビウスの環
(注6)を辿る
人のように、表(=意識)から裏(=下意識)へ、裏から表へと永遠にめぐり歩く羽目に陥る。
そして大枠である「一つの夢」からは二度と出てくることがない。
 言うまでもなくこの語り手はコウルリッジの分身であり、詩人一般の代表である。詩人に
とってこの世ならぬ美を見ることは望外の幸せであるが、その幻想を作品にして、至福の
喜びを世間の大衆と分かち合うことができれば身の冥加これに過ぎることはあるまい。
第二の幻想から第一の幻想に戻る瞬間の間、彼はその可能性を考えてみた。例の
アビシニアの乙女の歌を思い出し嫋々と奏でまた歌うことによって「陽光の歓楽宮、氷の
洞窟」を空中に浮かび上がらせたら、人々は何と言うだろう――

  すると聞いた者はみんなそれをそこに見、
  みんな叫ぶであろう、気をつけろ!気をつけろ!
  あいつのまわりに輪を三重に描き
  聖なる恐れで両の眼を閉じるのだ、
  あいつは神々の召される甘露を味わい、
  天国のミルクを飲んできたのだから。(48―54)

 ここでも語り手は自分の経験が文字通り「空中」楼閣であることを意識し、それを世間の
大衆が幻想であるというだけで拒否することも予測している。「予言者故郷に入れられず」と
いうが、この世ならぬ美や真実に目覚め、世をまどわす言を吐く者は、深く問いただすことも
なく良識の社会から村八分にされるのである。しかしこの語り手の場合、ワーズワスや
シェリーと違って、詩人の方が正しいのに大衆の目が眩んでいるという態度では必ずしもない。
ここに「世に認められないが世を導く立法者」という自負はない。この語り手は明らかに何か
魔物に取り憑かれ、精神に異常をきたしたまま徘徊する人間という様相を呈している。
彼は承知しているのだ、自分が魂をメビウスの輪に捉えられ、永遠に夢の中を歩き続ける
存在であることを。そんな彼が現世の人々の前に姿を現わすとすれば、それは夢遊病者か
生霊の形でしかない。その点で彼はかの老水夫やさまよえるユダヤ人と同じ穴のむじな
なのである。


【エピローグ】

 意識下の幻想で始まったこの夢の詩は、その幻想内部での語り手の堂々めぐりで終わった。
しかし堂々めぐりそのものは終わっていない。それは永久に続く円環運動であり、この詩に
語られた幻想はその一サイクルに過ぎない。副題に「断章」と付した真の意味はそこにある
のだ。すなわちこの詩が断片であるという意味では実はなくて、永遠の幻想の断片しか
ここには書かれていないという断り書きなのである。
 われわれは通常、経験的合理主義の世界に生き、それを「現実」と称して没意識的、
非合理的な「幻想」と区別している。しかし他方には、われわれ自身の生命や想像力に直結
したヴィジョンの世界があり、それでは反対に自意識や合理的知性を忌避する本能が働く。
前者は常に時空の観念に縛られているのに対し、後者はいついかなる場合でも永遠であり
無限である。詩や芸術はこの二つの世界の橋渡しをするために人間が考え出した「たぐい
稀な造化の技法」(三五)であるが、「作品」によって無限なるものを有限なる世界に記し
留めようと思えば、どうしても前者の断片化、すなわち前者の一部ないしは一局面をもって
全部を代表するという形を取らざるを得ない。シンボル、メタファー、アレゴリーといった文学上の
技法はすべてこの断片化の一形態にほかならない。この詩について言えば、アルフ河も、
歓楽宮も、アボラ山も、アビシニアの乙女も、それぞれが何かのシンボルであると同時に
全体として一つのアレゴリーを構成していた。そしてそのアレゴリーのテーマは、繰り返し
述べてきたように、幻想と現実、無意識と意識とがいつのまにかメビウスの環となって
つながっているという、そして永久に輪廻しているという、恐ろしくも魅惑的な幻想世界の
真実だったのである。
 同じことが作者コウルリッジについても言える。この幻想の語り手と同じように、コウルリッジ
自身も下意識と意識の間を、夢と現実との間を、幻想と作品との間を、詩と哲学との間を、
終生さまよい歩いた詩人であった。ある意味では彼も「ダルシマーを抱えた乙女」に取り
憑かれ、永遠のヴィジョンをかいま見たために、現世には「断片」という形でしか戻れなく
なった生霊かもしれない。幻想から作品を紡いでいる間だけが彼本来の姿であり、それが
終わればふたたび魂は宙に浮いて、肉体は脱殻のように地上を歩いていたに違いない。
事実、アヘンの飲用が災いして、彼はその後次第に詩が書けなくなっていった。

    アウリオン・ハディオン・アソー 
(注9)
  「明日はもっと美しい歌をうたおう」  しかしその明日はまだこない。

                                    (「クーブラ・カーン」序文)




<注>

(1)Samuel Taylor Coleridge : 'Kubla Khan : Or, A Vision on a Dream. A Fragment'.
Poetical Works(OUP, 1967), 295-98

(2)John Livingston Lowes : The Road to Xanadu : A Study in the Ways of the
Imagination(Constable, 1927)

(3)Purchase his Pilgrimage(1613)に記述されたパーチェスの原文はもう少し詳細で
コウルリッジの詩に近い。オックスフォード版の本誌テキストの注などを見よ。

(4)記号論的解釈を実証主義的合理主義による分解的アプローチと混同するのは大きな
間違いである。記号化は分析の対極にあるもので、一見バラバラな要素間に新たな
統合原理を見出そうという試みであり、しばしば文学的想像力を必要とする。

(5)十八世紀英国の自然風庭園ではS字曲線の川や散歩道が流行した。その美学と迷路、
楽園、自我等との関係については神尾美津雄『闇、飛翔、そして精神の奈落』
(英宝社、一九八九)第六章に詳しい。ただしクーブラの楽園についての言及はない。

(6)Möbius loop [band, strip] 帯状の紙を一回(一八〇度)ねじって両端を貼り合わせると
縁が一つで裏表が連続した一つの輪になる。その帯の巾の中央線を環に沿って縦に
二つに切って行くと元の環の二倍の円周をもつ環ができる。さらに、二回(三六〇度)
ねじってからるないだ環の中央線を切って行くと、たがいに連結した二つの同じ大きさの輪が
できる。この点でも、絡み合った二つの幻想が実は一つの幻想であったという本文の関係に
似ている。

(7)想像力に関してコウルリッジが『文学的自伝』(一八一七)第十三章で述べた有名な
一節を紹介しておく。

 想像力には第一次と第二次とがあると考える。第一次の想像力は人間のあらゆる知力の
生きた力であり根本の動因であって、無限なる<われ有り>のなかで行われる永遠の
創造活動が有限なる精神の中で反復されたものと思われる。第二の想像力は前者の
反映(エコー)であって、自覚ある意思と共存するが、その機能の種類においてなお
前者と同一であり、ただその程度および作用の様態において異なるのみである。それは
再創造するために解体し、解放し、解消させる。この過程が不可能になった場合でも、
それはなお理念化し統一化しようと努力する。(太字筆者)
 要するに第一次想像力は美や真実を直接把握する機能で、直観あるいはヴィジョンと
言えるような無意識的な過程である。第二次想像力は第一の反映であって、自覚的な
意思によって感覚的素材を「解体、解放、解消」(disolve, diffuse, dissipate)することにより、
直観やヴィジョンに合致するよう再創造する機能を言う。製作に直接関与するのは後者の
機能であり、この詩では後半の、第二の幻想をこの機能の表れと見ることができる。

(8)キーツの「夜鷹に寄せる賦」(一八一九)などがその典型的な例を示している。

(9)テオクリトスの牧歌からの引用。コウルリッジは「明日」を意味するギリシャ語
「アウリオン」を、初版では誤って「セーメトロン」(=今日)と記述した。その後間違いに
気づき、一八三四年版で現在の形に訂正した。ちなみにこの一節は「序文」の末尾にあり、
「消え去ったあの幻想を取り戻した暁にはもっと美しい詩を書こう。しかしその日はまだ
(あるいは、永久に)来ない」というほどの意味である。


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